シネマの窓(05/12)

カテゴリ「シネマの窓」の記事

2006年12月19日 (火)
硫黄島からの手紙

 クリント・イーストウッド監督が戦争を通して人間愛を謳いあげている。
 太平洋戦争最大の激戦となった硫黄島の戦いを日本側の視点で描いた「硫黄島からの手紙」は、先に公開された「男たちの星条旗」と重ね合わせることにより、より深い広がりを見せてくれる。

 激戦から61年経った現在、硫黄島の地中に埋められた手紙を掘り出す場面から物語は始まる。永い間届かなかった兵士たちのメッセージが半世紀以上の時を超えて蘇ってくる。

 パン屋を営んでいる西郷(二宮和也)のもとに召集令状が届けられる。愛する人を戦争にとられる西郷の妻・花子(裕木奈江)は必死に抵抗する。「生きて還ってくるからな」、けっして口にしてはならない言葉を残して西郷は硫黄島におもむく。

 戦況が悪化する硫黄島にやってきた指揮官、栗林(渡辺謙)陸軍中将は敵に向かって捨身でかかって行く従来の玉砕戦法に変えて、あわよくば最後まで生き延びるために、穴を掘って敵を迎え撃つ持久戦を硫黄島に試みる。反発も強かったが理解者もいた。1932年の第10回ロサンゼルスオリンピックの乗馬で金メダルを取った西中佐(伊藤剛志)もその一人だった。愛馬とともに戦場にやってきた西は栗林同様アメリカに多くの友人を持っている。

 憲兵時代、市井の人が飼っている犬の鳴き声に「戦争の邪魔」だと上官から犬を殺すことを命じられ、殺せなかったために憲兵隊を追われ、硫黄島にやらされた元憲兵の清水(加瀬亮)や栗林の戦法に反対し一人爆弾を抱え死地に出て行く伊藤中尉(中村獅童)、それぞれがそれぞれの思いで戦争を生きる。

 アメリカが5日で終わると思っていた戦争を 36日間戦った日本人たちの戦争を、崇高な人間愛で通底し、生きぬこうとするヒューマンな姿勢を戦場に描き出すことによって反戦の色を濃くしている。

(於いて:三宮 神戸国際松竹 スクリーン4 12/18日)

・スタッフ
監督:クリント・イーストウッド
原案:アイリス・ヤマシタ、ポール・ハギス 
脚本:アイリス・ヤマシタ、栗林忠通[著]・吉田津由子[編]『「玉砕総指揮官」の絵手紙』(小学館文庫・刊)にも依る
製作:スティーヴン・スピルバーグ、クリント・イーストウッド、ロバート・ロレンツ 
撮影:トム・スターン
美術:ヘンリー・バムステッド
音楽:クリント・イーストウッド
日本語字幕:戸田奈津子
・キャスト
栗林中将:渡辺謙/西郷:二宮和也/西中佐:伊藤剛志/
清水:加瀬亮/伊藤中尉:中村獅童/花子:裕木奈江
・英題:LETTERS FROM IWO JIMA
・配給:ワーナー・ブラザース映画
・日本公開日:2006/12/09
・2006年/アメリカ・日本/141分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年12月19日 (火) シネマの窓 | 個別ページ


2006年12月22日 (金)
武士の一分(いちぶん)

 「武士の一分」は2002年の「たそがれ清兵衛」、2004年の「隠し剣 鬼の爪」に続く山田洋二監督が藤沢周平作品を扱った三作目の時代劇である。

 地方の小藩で毒味役に就いている三村新之丞(木村拓哉)は美人の妻、加世(檀れい)や中間の徳平(笹野高史)、おばの以寧(桃井かおり)らに囲まれつつがない日々を送っている。
 世は太平末期の時代、出世するには剣よりも学問、そんな風潮に反するように味気のない毒味役の藩勤めを早く辞めて、剣術の道場を開きたいと、新之丞の夢は大きい。

 そんな新之丞に災難が降りかかる。仕事中に貝の毒に当たって失明する。藩主に別状はなかったものの、同じ毒味役の樋口作之助(小林稔侍)は責任をとって自害する。新之丞も30石の俸禄から捨扶持に減給され、一生厄介者として飼い殺しの運命になるのが必至と見られていた。
 そんな折、妻の加世が上士の島田藤弥(坂東三津五郎)と「いい仲」であることを新之丞は知る。
 加世が家禄の維持と引き換えに島田と通じたことを知った新之丞は加世を離縁する。
 しかし、30石の家禄の維持は島田の尽力ではなく、藩主の温情と知った新之丞は「武士の一分」をかけて、島田にご法度の果し状を突きつける。

 「武士の一分」とは武士としての誇りを言うのであろう。誇りを傷つけられたときそれをよしとせず、誇りを護るために命をかける美しさを山田洋次監督は新之丞に託している。

 武士の時代が長く続くと武士の誇りも色あせてくる、そんな時代にあって新之丞は愛しい加世と自らの、誇りと名誉のために立ち上がる。新之丞の加世を想う気持が切ない。

見終わって心があたたまる作品である。

(於いて:三宮 神戸国際松竹 スクリーン2 12/20日)
・スタッフ
監督:山田洋次
原作:藤沢周平『盲目剣谺返し』(文春文庫刊『隠し剣秋風抄』所収)
脚本:山田洋次/平松恵美子/山本一郎
撮影:長沼六男/美術:出川三男/音楽:冨田勲
・キャスト
三村新之丞:木村拓哉/三村加世:檀れい/徳平:笹野高史/以寧:桃井かおり/島田藤弥:坂東三津五郎/樋口作之助:小林稔侍
・配給:松竹
・公開日:2006/12/01
・2006年/日本/121分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年12月22日 (金) シネマの窓 | 個別ページ


2006年12月31日 (日)
麦の穂をゆらす風

 1920年、英国からの独立を求めて起ちあがった若者たちの物語である。

 アイルランドの人々は彼らの言葉ゲール語を話すことを禁じられ、ホッケーに似たアイルランド独自のスポーツハーリングを楽しむことも禁じられていた。
 アイルランド南部の町コーク、医師を志すデミアン(キリアン・マーフィー)がコークを離れる直前、若者たちはハーリングをして別れを惜しむ。ゲームのあとデミアンは世話になったベギー家を訪れる。そこへ英国から送り込まれた武装警察隊、ブラック・アンド・タンズがやって来る。若者たちがハーリングに興じたことを責め、若者たちに姓名を名乗らせ詰問をする。ベギーの孫、ミホールは英語名(マイケル)を名乗らなかったために官憲に殺される。
 ミホールの葬儀の日、村の女性たちは「麦の穂をゆらす風」を歌ってミホールをおくる。デミアンの兄テディ(ポーリック・デラニー)らコークの若者たちは武器を持って英国に立ち向かうことを誓い合う。
 兄たちの行動に懐疑的であったデミアンはロンドンへ発つ日、駅頭で見た英国兵を駅員、運転手、車掌らが体を張って兵士の乗車を拒否する姿に、独立運動へ気持ちが傾いて行く。

 今、なお続く「北アイルランド問題」のルーツが見えてくる。

 世界に先駆けて産業革命を成し遂げた英国、常に世界の経済的側面をリードしていた国とその周辺地域であるアイルランドの対立は、他民族への抑圧とそれによって引き起こされる差別や偏見あるいは貧困からの脱出という図式に加えて、被抑圧者側の民族が気持ちの中に抱え込んできた個と個を結ぶかたまりとしての民族の誇りがある。男たちに武器を握らせるのは誇りを捨てまいとする人間の証しであろう。
 先進国で永く続く対立は意地と意地のぶつかり合いかもしれない。アイルランドの抵抗運動に英国とアイルランドの精神のあり様が垣間見える。

 永年にわたる英国の圧制に立ち向かう若者たちの真摯な姿が痛ましい。痛ましいゆえに、彼らの間に流れるヒューマンな気持ちに透明感がある。

(於いて:ハーバーランド シネカノン神戸 cinema 2  12/29日)

「麦の穂をゆらす風」について
19世紀後半から広くアイルランドで歌われるようになり、アイルランド抵抗のシンボルとなった。その歌詞はユナイテッド・アイリッシュメン(統一アイルランド協会)の1798年の蜂起を歌ったもので、愛する娘への恋心と祖国の自由を願う心の狭間に揺れながら、恋を捨て、独立運動に身を投じる青年を歌っている。
イギリス支配下のアイルランドでは、その弾圧により命を落としたもの、戦争で逝ったものを弔う時に、よく歌われたと言う。(「麦の穂をゆらす風」公式ホームページより)

<アイルランドについて>
 アイルランドは、北大西洋上の島国で北部の一部は英国に組み込まれている。対岸の島、英国(グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国)はグレートブリテン島とアイルランド島の北部から成っている。
 紀元前、ヨーロッパ大陸からケルト人が移住し、ケルト系アイルランド人が主流の国である。
 800年ほど前、ノルマン人の侵攻がはじまり、英国はアイルランドを支配下におく。
 350年前に完全にイギリス領とし英国からプロテスタントが多く移り住むようになった。アイルランドにはもともとカトリック教徒が住んでいた。
 1800年に英国はアイルランドを併合した。
 英国の圧制のもと、抑圧、差別、貧困に苦しんでいたカトリック教徒は独立・抵抗運動を繰り返し、1919〜21年にかけて独立戦争を起こした。
 1922年、英連邦内の自治領として発足し、アイルランド自由国憲法を制定した。そのとき北アイルランドは英国領にとどまった。
 1937年、アイルランドの南部は英国から独立し、1949年に共和制を宣言し英連邦から離脱した。
 北部は英国からやってきたプロテスタントが多かったので英国に残ったが、もともと北アイルランドに住んでいたカトリック教徒は永年にわたって受けてきた差別に加えて、自由国憲法で「北もアイルランドの一部」と決めており、アイルランド人の北部解放への想いは強く、今日まで問題を抱え込んでいる。

・スタッフ
監督:ケン・ローチ
製作:レベッカ・オブライエン
製作総指揮:ウルリッヒ・フェルスバーグ/アンドリュー・ロウ/ナイジェル・トーマス/ポール・トライビッツ
脚本:ポール・ラヴァーティ
撮影:バリー・アクロイド
美術:ファーガス・クレッグ
音楽:ジョージ・フェントン
・出演
キリアン・マーフィ/ポーリック・デラニー/リーアム・カニンガム/オーラ・フィッツジェラルド/メアリー・リオドン
メアリー・マーフィー/ローレンス・バリー
・英題:The Wind That Shakes The Barley
・日本公開日:2006/11/18
・2006年/アイルランド/英国/ドイツ/イタリア/スペイン/126分

投稿者 愉悠舎 日時 2006年12月31日 (日) シネマの窓 | 個別ページ


2007年1月 9日 (火)
プラダを着た悪魔

 むかしクラウディア・カルディナーレ、いまメリル・ストリープ、そんな男がメリル・ストリープを観に行った。

 ジャーナリストをめざしてニューヨークにやってきたアンディ(アン・ハサウェイ)は、ファッション雑誌「RANWAY」の編集長ミランダ(メリル・ストリープ)のアシスタントになる。アンディは「プラダを着た悪魔」と呼ばれているミランダの厳しい薫陶を受け、立派なアシスタントに成長して行く。

 こんな世界もあるのかと思わせる華美なファッション業界を見せつけてくれる。
あふれんばかりのブランド品をこれでもかとばかりスクリーンに登場させ、見るものをしばし現実の世界から引き離してくれる。
 庶民にとって現実感に乏しい物語であるが、メリル・ストリープが作中を闊歩するとなぜか現実味を帯びてくる。表情豊かに場面場面を構築して行く彼女の演技はいま爛熟期にある。

メリル・ストリープ
1949年、アメリカ・ニュージャージー州に生まれる。1977年「ジュリア」で映画界にデビューする。翌1978年「ディア・ハンター」でアカデミー賞候補、1979年「クレイマー・クレイマー」でアカデミー賞助演女優賞、1981年「フランス軍中尉の女」で初の主演賞候補、1982年「ソフィーの選択」でアカデミー賞主演女優賞を受賞する。
1989年「A Cry in the Dark」でカンヌ国際映画祭女優賞、2003年「めぐりあう時間たち」でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。
テレビでは1978年『ホロコースト』でエミー賞主演女優賞を受賞する。アカデミー賞にノミネートされること13回。

(於いて:三宮 OS 阪急会館 1 01/09日)
・スタッフ
監督:デヴィッド・フランケル
脚本:アライン・ブロッシュ・マッケンナ
原作:ローレン・ワイズバーガー
美術:ジェス・ゴンコール
衣装:パトリシア・フィールド
音楽:セオドア・シャピロ
・出演
メリル・ストリープ/アン・ハサウェイ/エミリー・ブラント/スタンリー・トゥッチ/エイドリアン・グレニアー/サイモン・ベイカー  他
・原題:THE DEVIL WEARS PRADA
・配給:20世紀フォックス映画
・日本公開日:2006/11/18
・2006年/アメリカ/110分

投稿者 愉悠舎 日時 2007年1月 9日 (火) シネマの窓 | 個別ページ


2007年1月13日 (土)
玲玲(リンリン)の電影日記

  脚本に3年を費やし、監督デビュー作となったシャオ・チアン監督が、野外映画劇場の盛んだった1970年代初頭の庶民の暮らしと風景を中国の田舎町、寧夏(ねいか)を舞台に描き、淡い郷愁を漂わせている。

 文化大革命後の世代である1972年生まれのシャオ・チアン監督が文化大革命を背景に、映画に魅せられた人々の熱き思いを監督の幼少時代に投影させている。

 北京で清浄水を売って生活しているダービンは映画館へ通うのを無上の喜びとしている。4日間働いて1回映画館へ通える金銭を捻出するために、一日一日を懸命に働く。
 その日も映画館へ自転車を飛ばしていた。その途中若い女性とのトラブルに巻き込まれ、警察に連れて行かれた女性に強引に部屋の鍵を渡され金魚の世話を頼まれる。
 部屋に入ったダービンの目に飛び込んできたのは壁いっぱいに貼られた映画のポスター、壁に垂れ下がったスクリーンと映写装置、そして部屋に置かれてあった一冊のノート、そのノートを捲るうちに幼い頃の風景が蘇ってくる。
 日記に記された少女時代の追憶にダービンの記憶が重なってくる。
 日記の少女リンリンは映画俳優を夢見た母親と二人で暮らしていた。野外スクリーンに映し出される夢の世界を仲良しの少年や母親と共有した。その少年と引き裂かれ、野外映画の主催者と結婚した母親との間にできた弟を、映画を観ているとき事故で死なせた悲しい出来事などが、夢に満ちた野外映画劇場とともに綴られている。

 悲しい少女時代を綴る行間にあふれ出る人間の絆とぬくもり、若い女性監督の画く中国の人と風土は、たおやかで詩情にあふれている。

(於いて:新開地・湊川 パルシネマ 01/12日)
映画の舞台となった寧夏(ねいか)回族自治区は北京の西方、西安の北、中国の西北部に位置し、全自治区が山地と高原である。黄河沿いに寧夏平原が開け、北部は賀蘭山脈、オルドス高原、トングリ砂漠・モウス砂漠があり、南部に六盤山と黄土高原がある。
面積は6.6万k�、人口は529万人、回族・漢族・満族などが住んでいる。標高は1000ー1200m、気候は昼夜の温度差が大きく、降雨量が少ない。省都は銀川市である。

・監督:シャオ・チアン
・出演:シア・ユイ/チアン・イーホン/クアン・シャオトン/
    リー・ハイビン/ワン・チャンジア
・音楽:チャオ・リン
・原題:「夢影童年」(香港では「電影往事」)
・英題: Electric Shadows
・配給:アルバトロス・フィルム
・2004年/中国/100分

投稿者 愉悠舎 日時 2007年1月13日 (土) シネマの窓 | 個別ページ


2007年1月15日 (月)
ジャスミンの花開く

  第二次世界大戦前後から現代までの中国で、時代に翻弄された3代の母子を「至福のとき」などを撮影したホウ・ヨンが時代の背景とともに画いた監督デビュー作品である。

 茉莉花(ジャスミン)から名前をつけた祖母、娘、孫の3代にわたる物語である。

 1930年代、日本の侵略が激しくなる上海、女優を夢見る茉(モー)(チャン・ツィイー)は映画会社の社長、孟に引かれ女優の道を歩み始める。身ごもった茉を残し孟は上海から香港へ逃げる。失意の中で茉は莉(リー)(チャン・ツィイー)を産む。

 1950年代、莉は労働者の偉と結婚するが子供はできず、養女として花(ホア)(チャン・ツィイー)を家族の一員にする。偉と花の間を疑う莉の態度に偉は無実を証明するために列車に飛び込む。莉は行方不明になり、花は祖母、茉に育てられる。

 1980年代、花は祖母の反対を振り切って日本に留学する青年、杜と結婚し子を産むが杜は離れて行ってしまう。

 1990年初頭、高度経済成長へと向かう上海で花は子供と暮らす。二人に親たちの陰はない、快活にそして伸びやかに・・・。

 男運に恵まれなかった3代にわたる母子の運命を、激しく揺れ動く中国の運命に寄り添って画かれている。日中戦争から内戦を経て中国革命、その後の文化大革命とその収束、その荒波に飲み込まれながらも、懸命に生きた中国の女たちの生きざまを、戦前魔都と言われた上海に映し出している。

(於いて:新開地・湊川 パルシネマ 01/12日)
監督:ホウ・ヨン
原作:スー・トン
脚本:ホウ・ヨン/ツァン・シャン
音楽:スー・ツォン/イン・チン
出演:チャン・ツィイー/ジョアン・チェン/チアン・ウェン/リィウ・イェ/ルー・イー
原題:茉莉花開
日本公開: 2006年6月17日
配給:日本スカイウェイ
2004年/中国/ビスタサイズ/129分
投稿者 愉悠舎 日時 2007年1月15日 (月) シネマの窓 | 個別ページ


2007年1月24日 (水)
上海の伯爵夫人

 1936年〜1937年の上海、日本軍と中国国民党が衝突(第二次上海事変)し、中国全土に戦争が広がって行く日中戦争の前夜、風雲急を告げる緊迫した上海で、他国からやってきた男と女の心のふれあいを画いている。

 革命で夫を亡くしたロシアの伯爵夫人ソフィア(ナターシャ・リチャードソン)は娘、義母、義姉らとロシアを追われ上海で暮らしている。ソフィアは一家を養うためホステスとして働いている。

 アメリカの元外交官ジャクソン(レイフ・ファインズ)はヴェルサイユ条約締結時にも立ち会い、将来を嘱望されていた外交官だったが、テロで娘を失い、自らも盲目となる。
 ジャクソンは商社の顧問をしながらクラブ通いを続ける。

 明日に希望をなくしたジャクソンはソフィアの働くクラブで彼女と知り合う。
 競馬で儲けた金でジャクソンはクラブ、「白い伯爵夫人」を開店する。ソフィアを店に引き抜くが二人の抑制された関係は続く。
 日本軍による侵攻は上海に深く入り込んでくる、「白い伯爵夫人」にも火の手が迫ってくる。

 暗い時代の華やかりし上海租界の空気を、しのびよる軍靴の響きとともに映し出している。
 失意の中から一筋の光明を見いだし、明日への再生を願う人々の希望に、時代を突き破ろうとする強い意志がみてとれる。

 ジャクソン役のレイフ・ファインズは「ナイロビの蜂」で巨悪に立ち向かう外交官を演じた。また、ジャクソンの前に立ち現れる謎の日本人を真田広之が演じている。

(於いて:三宮シネフェニックス 2 01/23日)

・スタッフ
監督:ジェームズ・アイヴォリー
製作:イスマイル・マーチャント
脚本:カズオ・イシグロ
撮影:クリストファー・ドイル
美術:アンドリュー・サンダース
衣装:ジョン・ブライト
編集:ジョン・デヴィッド・アレン
音楽:リチャード・ロビンス
・出演
レイフ・ファインズ/ナターシャ・リチャードソン/ヴァネッサ・レッドグレイヴ/真田広之/リン・レッドグレイヴ/マデリーン・ポッター/ジョン・ウッド/アラン・コーデュナー
・英題:THE WHITE COUNTESS
・配給: ワイズポリシー /東宝東和
・日本公開: 2006/10/28
・2005年/イギリス・アメリカ・ドイツ・中国/136分
投稿者 愉悠舎 日時 2007年1月24日 (水) シネマの窓 | 個別ページ


2007年2月 7日 (水)
長い散歩

 「長い散歩」は昨年、第30回モントリオール国際映画祭においてグランプリ、国際批評家連盟賞、エキュメニック賞(人権問題に関する優秀な作品に与えられるキリスト教団体の賞)を受賞した奥田瑛二監督の作品で、「少女〜an adolescent(2001年)」、「るにん(2004年)」に続いてメガホンをとった監督三作目の映画である。

 元高校の校長、松太郎(緒形拳)は現役中、仕事第一の生活を主義とし、妻・節子(木内みどり)をアルコール依存症に追いやり、定年後その病気で節子を亡くす。妻の葬儀のあと、家族を省みなかった松太郎に憎しみを抱く娘・亜希子(原田貴和子)に実家を譲り、田舎のうらぶれたアパートに引っ込む。
 アパートの隣に住む真由美(高岡早紀)は荒れた生活の中で娘・幸(杉浦花菜)に虐待を重ねていた。
 いじめられ、固く心を閉ざした幸を見かねた松太郎は、幸を連れ出し「長い散歩」に出る。
 旅の途中バックパッカーの青年ワタル(松田翔太)に出会う。ワタルもまた心に闇を抱いていた。旅の途中ワタルは自殺してしまい、残った二人はそれでも、いつか見た青空を目指し旅を続ける。

 老境に達した男が自らの来し方を悔い、ピュアーな少女とともにしょく罪と再生の旅にでる。
 松太郎が生きた高度経済成長期の負の遺産、家族の崩壊、いじめ、引きこもり、自殺等の社会病理現象を一手に引き受けた松太郎の罪を、その後姿に見る。
 自分の犯した罪は自分の手で清算されなければならない、強い決意を胸に旅に出る松太郎の背中が痛ましくも清々しい。

 奥田瑛二監督の冷徹な眼が冷え切った社会を際立たせ、ファンタジックな世界が人の世界にぬくもりを与えている。

(於いて:三宮シネフェニックス 1 02/06日)
☆スタッフ
監督・企画・原案:奥田瑛二
スーパーバイザー:安藤和津
脚本:桃山さくら/山室有紀子
音楽:稲本響
☆出演
緒形拳/高岡早紀/杉浦花菜/松田翔太/原田貴和子/木内みどり/奥田瑛二
☆英題: A LONG WALK
☆配給: キネティック Supported by イルファーロ
☆日本公開: 2006年12月16日
☆2006年/日本/136分

投稿者 愉悠舎 日時 2007年2月 7日 (水) シネマの窓 | 個別ページ


2007年2月11日 (日)
映画観、映画感

 はじめて映画というものに接したのは、記憶に定かでないが小学校の低学年の頃であったように思う。学校の先生に連れられて同学年全員が列をなして町の映画館へ押しかけた。その頃、私が通っていた小学校のクラスは、松組、竹、梅、桜、菊、桐組と名付けられ、一クラス四十名ぐらいで、一学年250名ほどが、小さい躰を大きな座席に沈め、固唾を飲んでスクリーンに熱い視線を送っていた。
 その頃、学校から観に行く映画は単純明快な勧善懲悪の時代劇か、「原爆の子」に代表されるような社会的な映画であった。
 善良な民が「わる者」に襲われ、家族の命やわずかな蓄財が風前のともし火となったところへ、どこからか馬に乗った「正義の見方」がひづめの響きも高らかに近づいてくる。すると場内は拍手の嵐に包まれる。

 シンプルな心を持ち合わせていた時代だった。

 今、日常に紛れる生活から離れ、映画を観る機会も増えた。私のつたないブログにも感想を書かせてもらっている。
 私がブログに書く映画の印象記は映画の読後感とでも言おうか、その時の気持の落とし場所として心のひだをたたんでいる。それはあくまで私個人の受け止め方であって、一般のそれとは違うかもしれないし、その映画造りに携わった監督をはじめスタッフの意図したものと違った見方をしているかもしれない。しかし、芸術作品は創造者の手元を離れた瞬間に解き放たれ、受け取る側の身に委ねられる。受けとる人間が千人いれば千通りの受け止め方がある、それが芸術作品というものではなかろうか。私は千人のうちの一人でありたいと思っている。
 映画評ならば、ストーリーやディテールを論じ、長所とともに欠点も併せて述べ、また監督の負って立つ立場にも言及しなければならないのだろうが、私はそういう力を持ち合わせていない。私にできることは映画を観終わって心にたまった滓(おり)を数行書くことであり、それで十分と思っている。
 私の映画を観るスタンスはそこにある。

投稿者 愉悠舎 日時 2007年2月11日 (日) シネマの窓 | 個別ページ


2007年2月14日 (水)
日本以外全部沈没

 昨年公開された「日本沈没(2006年7月15日公開)」に少し遅れて公開された「日本以外全部沈没(2006年9月2日公開)」が新開地の映画館で上映されていたので観に行った。

 地球の温暖化によって北極と南極の氷が解けはじめ、まずアメリカ大陸が海に沈み、その後世界の各大陸も次々と海中に消えた。太平洋のマントルが噴き上がり、日本列島が中国大陸に乗り上げるという設定のもとに、地球上に唯一残った日本列島に難民が押しかけ、列島が騒然化する様子をパロディとして画いている。

 日本に逃げてきた元アメリカの大統領、元ロシア大統領、元中国国家主席、韓国の元大統領らは今までの態度を一変させ日本の国家権力にこびを売る。一方で増長した日本人は外国人を侮蔑し、外国人を排斥する。外国人は日本人の顔色を伺いながらの生活を強いられる。
 外国人による犯罪が増え、食料を外国に頼ってきたつけがやってきて食べるものにもこと欠き、物価は高騰し失業者が巷にあふれる。ハリウッドウッドの元スターといえどもホームレスの生活を余儀なくされる。

 生き残ったのは日本だけという、人類存亡の危機を迎えたときに見えてくる元一国を形成していた国々の日本に対する態度、それを迎え撃つ日本の不遜な姿勢を、少しどぎついと思われるようなブラックユーモアを利かせて画いている。

 列強の国々を痛烈に皮肉る画き方に痛快さを覚えるが、人間の醜悪な一面を見せつけられ少し憂鬱になる。

(於いて:新開地 パルシネマ 02/13日)

☆スタッフ
監督:河崎実/監修:実相寺昭雄/原典:小松左京/原作:筒井康隆
脚本:右田昌万、河崎実/企画:叶井俊太郎/美術:池谷仙克/音楽:石井雅子
☆出演
小橋賢児/柏原収史/土肥美緒/リカヤ・スプナー/松尾貴史/
デーブ・スペクター /村野武範/藤岡弘
☆配給:トルネード・フィルム
☆日本公開:2006年9月2日
☆2006年/日本/ヴィスタサイズ/98分
投稿者 愉悠舎 日時 2007年2月14日 (水) シネマの窓 | 個別ページ