カテゴリ「シネマの窓」の記事
2006年9月 6日 (水)
紙屋悦子の青春

今年4月脳梗塞のため75歳の生涯を閉じた黒木和雄監督が遺した作品である。
黒木和雄監督は宮崎県えびの市に生まれ少年時代を満州で過ごした。同志社大学を卒業後、映画の世界へ身を投じる。
黒木監督は、日本が誇る「平和憲法」の条項、憲法9条を改変する動きに危機感を持っていた。
9人の知識人(井上ひさし、梅原猛、大江健三郎、奥平康弘、小田実、加藤周一、澤地久枝、鶴見俊輔、三木睦子の各氏)による「九条の会」に呼応して、映画人九条の会を結成した。
その呼びかけ人、「大澤豊(映画監督)、小山内美江子(脚本家)、黒木和雄(映画監督)、神山征二郎(映画監督)、高畑 勲(アニメーション映画監督)、高村倉太郎(日本映画撮影監督協会名誉会長)、羽田澄子(記録映画作家)、降旗康男(映画監督)、掘北昌子(日本映画・テレビスクリプター協会理事長)、山内 久(脚本家・日本シナリオ作家協会理事長)、山田和夫(日本映画復興会議代表委員)、山田洋次(映画監督)」の一人として活動半ばに逝去した。
最後の作品となった「紙屋悦子の青春」は、氏が戦争を追及した戦争レクイエム三部作と呼ばれる、長崎の原爆投下を前にした庶民の暮らしを扱った、井上光晴原作の小説『明日・1945年8月8日・長崎』を映画化した「TOMORROW
明日」、1945年夏の霧島地方に生きる人々を写した「美しい夏キリシマ」、広島の原爆投下後の父と娘の暮らしを描いた「父と暮らせば」に続き反戦の想いを静かに謳いあげた作品である。
九州のとある病院の屋上、老夫婦(永与、紙屋悦子)が戦争の一時期を回想する。
1945年3月から4月にかけての日常を、紙屋悦子の縁談を中心に、神風特別攻撃隊の出撃基地があった鹿児島県出水(いずみ)市を舞台に、戦時下に生きる人々の哀歓をユーモアを交えながら映している。
3月10日の東京大空襲で両親を失った悦子(原田知世)は兄夫婦(本上まなみ、小林薫)と暮らしている。
兄は悦子に縁談のはなしを持ちかける。縁談相手が密かに好意を抱く明石少尉(松岡俊介)の親友と知った悦子は見合いを承諾する。
見合いの日悦子はお萩を造って縁談相手、永与少尉(永瀬正敏)を連れてくる明石少尉を待つ。
明石は出撃するおのれの身を後方に押しやって、悦子を生き延びる余地のある親友永与に託して旅立つ。
市井の人間の慎ましい暮らしや、未来に生きる若者の夢や命さえも奪ってしまう戦争のむごさを、何気ない会話の中に封じ込めている。
窮乏生活を余儀なくされている中で、配給の食べ物を「まずい」と嘆く兄、お萩や赤飯を日常的に食する暮らしに戦時下の重苦しい空気の中でも、伸びやかに生きようとする庶民の息吹が伝わってくる。
心にしみる作品である。
(於いて:ハーバーランド シネカノン神戸 cinema 1 9/05日)
・監督:黒木和雄
・脚本:黒木和雄、山田英樹
・原作:松田正隆
・撮影:川上皓市
・音楽:松村禎三
・配給:パル企画
・出演:原田知世/永瀬正敏/松岡俊介/本上まなみ/小林薫
・公開日:2006年8月12日
・2006年/日本/35mm/ビスタサイズ/111分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年9月 6日 (水) シネマの窓 | 個別ページ
2006年9月20日 (水)
出口のない海

日本の敗色が濃い1945年、人間ひとりを乗せた脱出不可能な潜水艇が、アメリカの艦艇に体当たりしていった。
人間魚雷と呼ばれる特殊潜航艇「回天」を、自分で操縦しながら、敵艦に激突する運命にある若者の希望や夢を、その家族や周りの人々の願いとともに、戦時下の風景のなかに映している。
「回天」を積んだイ号潜水艦が、敵の攻撃を避けながら大海原を潜航する。
鹿島艦長(香川照之)の出撃命令を待つ4人の若者、マラソンランナーとしてオリンピックを目指していた北勝也(伊勢谷友介)、人を和ませるのが上手な関西弁の佐久間安吉(柏原収史)、実直な性格で人に好かれる歌のうまい沖田寛之(伊崎充則)、そして並木浩二(市川海老蔵)がいた。
浩二は甲子園の優勝投手で、東京六大学野球に入ってからは肩を痛め、軟投に活路を見出そうと、魔球の完成を目指していた。
暗雲立ち込める戦局は学生をも戦地に狩り出した。そんな折、浩二がプレーした同じ神宮の森で学徒出陣式が行われた。
その中に浩二もいた。雨の神宮外苑で壮行式を終えたその日、浩二は母(古手川祐子)、父(三浦友和)や妹(尾高杏奈)、そして妹の友人で浩二が好意を寄せる鳴海美奈子(上野樹里)らとともに、浩二の家でしばしの団欒を過ごす。
それぞれがそれぞれの想いで浩二に語りかける。口には出さないがみんな浩二に生きていて欲しいと願う。
まだアカガミ(召集令状)もこないのに、という母に「どうせ来るなら」と召集を待たず志願兵となった浩二は、海軍学校で訓練を受ける。戦局の悪化を打開するために設けられた「回天」の搭乗員募集に浩二は志願する。
山口県の光基地で回天の整備員伊藤伸夫(塩谷瞬)にボールを受けてもらいながら、夢を野球を語り合う。
いつくだるかも知れない出航命令下にあって、ボールを投げ続ける浩二や、海岸を黙々と走り込む北、出撃を待ちながらもいつも鏡を見やり、母に似てきたと話す佐久間、出撃を前に「誰か故郷を思わざる」を歌う沖田、明日あることを念じながら、それぞれの生を若者は生きる。
「志願」という形で前途のある若者を死しに追いやる戦争の酷さ、「命令」が下る前に自らを「死」に駆り立てることにより、人間の尊厳と誇りを護ろうとする若者の純粋な精神を逆手にとって、人が殺し合う戦場に若者を放り出す。
日本が起こした戦争は、国家による究極の人間への侮蔑である。
みんな生きたかったのだ、生きて家族や愛する人たちと慎ましい暮らしをしたかったのだ。
(於いて:三宮 神戸国際松竹 スクリーン2 9/19日)
・スタッフ
監督:佐々部清
原作:横山秀夫「出口のない海」(講談社刊)
脚本:山田洋次 / 冨川元文
音楽:加羽沢美濃
主題歌:竹内まりや「返信」(ワーナーミュージック・ジャパン)
・キャスト
市川海老蔵/伊勢谷友介/上野樹里/塩谷瞬/柏原収史/香川照之/古手川祐子/三浦友和/尾高杏奈/伊崎充則
・配給: 松竹
・公開: 2006/09/16
・2006年/日本/ビスタサイズ/121分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年9月20日 (水) シネマの窓 | 個別ページ
2006年10月 2日 (月)
フラガール

フラダンスが静かなブームになっている。
一昨日、淡路の拙宅に気が置けない連中が神戸から集まった。その折、フラダンスにはまっているK女史からフラダンスの手ほどきをしてもらった。手と腰と足を使って物語を演出するフラダンスの魅力に迫ることはおろか、踊りの難しさに早々に逃げ出してしまった。
明けて今日、ふと思いついて映画「フラガール」が観たくなった。
1965年(昭和40年)、福島県のいわき市にある常磐炭鉱の住宅街に「求む、ハワイアンダンサー」の張り紙が踊る。
石炭から石油へと国のエネルギー政策が大きく変わる中で、炭鉱の町は次々と廃山に追い込まれて行く。大幅なリストラによって、ヤマを追われる人々の町、そこにハワイを作り斜陽の町を活性化させようと「常磐ハワイアンセンター」の話が具体化する。
その中心にフラダンスを据え、ダンサー募集に応じた早苗(徳永えり、)紀美子(蒼井優)、初子(池津祥子)、小百合(山崎静代・しずちゃん)らと、東京からやって来たいわくのありそうなダンサー教師・平山まどか(松雪泰子)が炭鉱で働く紀美子の母・千代(富司純子)や兄・洋二朗(豊川悦司)をも巻き込んで物語は進む。
炭住の娘たちがダンサーとして巣立つまでの苦闘をきめ細かく画いている。
貧しい炭住の暮らしに甘んじることなく、もがき苦しみながらも、その出口を求めて必死に夢を追う娘らの、額に滲む汗が清々しい。
ハワイがまだ遠い頃、ハワイアンが日本に押し寄せてきた日の郷愁がよみがえる。
(於いて:ハーバーランド シネカノン神戸 cinema 1 10/02日)
・監督:李相日
・出演:松雪泰子/豊川悦司/蒼井優/山崎静代/池津祥/徳永えり/三宅弘城/寺島進/志賀勝/高橋克実/岸部一/富司純子
・配給:シネカノン
・公開日:2006年9月23日
・2006年/日本/120分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年10月 2日 (月) シネマの窓 | 個別ページ
2006年10月12日 (木)
涙そうそう

那覇でバイトに精を出す洋太郎(妻夫木聡)は店を出す夢がある。
離島から高校に通うために洋太郎のもとにやって来た義妹、カオル(長澤まさみ)との生活が始まる。洋太郎には恋人、恵子(麻生久美子)がいる。居酒屋を夢見る洋太郎、大学進学を目指すカオル、それに医者の卵、恵子が絡み、多感な青春の断面を白い家並みと、ハイビスカスの繁る沖縄の地に奏でている。
厚い社会の壁を自らの手でこじ開けようと懸命に生きる若者たちの熱い思いが伝わってきて感動的だ。そこに大人が介入してくると事態は一変する。洋太郎は念願の店を出すが詐欺に会い、元も子もなくしてしまう。
恵子は彼女の親に洋太郎との中を引き裂かれる。
大人に騙された洋太郎は、それでも妹を大学に進学さすため、肉体に鞭打って過酷な労働に励む。
いつの時代にも若者の夢を打ち壊すのは、打算と私利私欲にまみれた大人たちである。夢ばかりでなく若者の人格さえ奪ってはばからない大人社会は否定されなければならない。
夢の持てない社会に夢を持とうとする、一途な若者の気持を育む社会でなければ、いい社会とは言えない。
誰かが誰かを思えば、その誰かは希望を持って生きて行ける。人間の絆は、誰かを愛し、誰かに愛されることによって結びつく。
沖縄地方では涙がとめどなく溢れ出ることを「涙(なだ)そうそう」と言う。
(於いて:ハーバーランド シネモザイク シネ1 10/11日)
・スタッフ
監督:土井裕泰
脚本:吉田紀子
主題歌:夏川りみ
・出演
妻夫木聡/長澤まさみ/麻生久美子/塚本高史/森下愛子/船越英一郎/橋爪功/小泉今日子
・制作:2006 映画「涙そうそう」製作委員会
・公開日:2006/9/30
・2006年/日本/118分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年10月12日 (木) シネマの窓 | 個別ページ
2006年10月18日 (水)
ワールド・トレード・センター

2001年アメリカのニューヨークで高さ400mを超えるビルに飛行機が激突した。「9.11」事件である。
その犠牲になった人たちへの鎮魂をこめて、オリバー・ストーン監督が実際にあった話をもとに、人の絆、命の尊さを世に問うている。
ワールド・トレード・センターに取り残された人々の救出に向かった警官隊が、ビルの崩壊に遭遇する。瓦礫に埋まった港湾警察官ジョン・マクローリン(ニコラス・ケイジ)とウィル・ヒメノ(マイケル・ペーニャ)はお互いに励まし合って、救助隊の来るのを待ちながら、消えようとする生を必死に生きつないで行く。同じ職業に就く同士でありながら、お互い旧知の仲ではない。お互いの姿を確認できない二人は家族のことなどを話し始める。
暗い瓦礫の中でともすれば失いがちになる生への希望を、二人はともし続ける。外では二人の家族や友人たちが無事を祈り続ける。
「9.11」事件の政治的背景や社会情勢を一切排し、瓦礫の中で光明を見出そうとする二人と、その家族や友人そして二人を救出しようとする人たちの心理と行動に焦点を絞り、「生還」する、あるいはさせるという強い意志を持って目的に向かう人々の、献身的な行動を浮かび上がらせている。
この映画に登場する人々の行動を通して、人間が本来持っている連帯感や人の絆の大切さを訴えている。同時に命の尊さを謳っている。
(於いて:ハーバーランド シネモザイク シネ2 10/16日)
・スタッフ
監督:オリバー・ストーン
原案:ジョン&ドナ・マクローリン、ウィル&アリソン・ヒメノ
脚本:アンドレア・バーロフ
音楽:クレイグ・アームストロング
・出演
ニコラス・ケイジ/マイケル・ペーニャ/マリア・ベロ/マギー・ギレンホール/スティーブン・ドーフ/ウィリアム・メイポーザー/ダニー・ヌッチ/ジェイ・ヘルナンデス
・製作/配給:UIP
・日本公開日:2006/10/07
・2006年/アメリカ/129分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年10月18日 (水) シネマの窓 | 個別ページ
2006年10月21日 (土)
旅の贈りもの 0:00発

先の大震災で崩壊した三宮の新聞会館が11年ぶりに再建された。
崩壊前の新聞会館ビルの山側に富士山のモザイク壁画があった。夜遅く出張からの帰り、電車の中からこの絵が見えると、ホットしたものだった。
「ミント神戸」と名づけられたビルに映画劇場も戻ってきた。最新設備を備えた八つの劇場のひとつで「旅の贈りもの 0:00発」を観た。
JR大阪駅を深夜の0:00分に出発する行き先不明のミステリー列車に乗り込んだ人々が下り立った田舎の町で、そこに暮らす人々の温かい心に触れ気持ちが解けて行く、人間再生の旅物語である。
人影の少なくなった大阪駅のプラットホームに横たわる夜行列車、切符を持った人が一人、また一人と列車に乗り込む。切符は「往路・行き先不明、復路・大阪駅」の一枚綴りの往復切符である。
乗客はそれぞれの人生を背負って夜汽車に乗り合わせる。妻の写真を手に暗い車窓の風景を見つめる初老の男(細川俊之)は、定年になったら旅をして暮すことを心待ちにしていた妻を亡くし一人旅にでた。六甲山での集団自殺に応じたものの、決心のつきかねている女子高生(多岐川華子)。旅行の待ち合わせ場所で恋人の浮気を見てしまい、その足で関空から大阪駅に直行し、汽車に乗ったOL(櫻井淳子)。家庭での居場所がなく、その上リストラされた中年男(大平シロー)。田舎から都会に出てタレントを目指す陽気な女性(黒坂真美)らを乗せた汽車は、海辺の寒村「風町」駅に到着する。
「風町」の住人は旅人を優しく包む。医者のちょんちょ先生(徳永英明)、元郵便局長(大滝秀治)、・・・。旅人たちは少しづつ心の風向きを変えて行く。
その昔、交易船の潮待ち風待ちの港町だった「風町」で旅人は潮を待ち、帆の向きを変えて旅立って行く。感情が無理なく移入できる舞台設定に感心する。
シンプルな筋立ての中にノスタルジックな風が漂い、心のすき間が癒される。
(於いて:三宮 OSシネマズミント神戸 3 10/19日)
・スタッフ
監督:原田昌樹
脚本:篠原高志
音楽:朝倉大介
・出演
櫻井淳子/多岐川華子/徳永英明/大平シロー/大滝秀治/
黒坂夏美/樫山文枝/梅津栄/石丸謙二郎/石坂みき/小倉智昭/細川俊之/正司歌江
・製作:(C) 「大阪発0:00」製作委員会
・公開日:2006/10/07
・2006年/日本/ビスタサイズ/109分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年10月21日 (土) シネマの窓 | 個別ページ
2006年10月25日 (水)
地下鉄(メトロ)に乗って

小さい会社で地を這いずるようにしながら、下着のセールスをしている長谷部真次(堤真一)に弟から父・小沼佐吉(大沢たかお)が倒れたというメールが入った。脱税や汚職にまみれながら服飾業界で名を成した父と絶縁している真次は、メールを無視する。真次が帰宅途中地下鉄の改札口を出て地下から地上に上がると、そこは彼が生まれ育った1964年(昭和39年)の街並みが続く。人々は東京オリンピックに浮かれている。
現代から1964年にタイムスリップした真次は日常に忙殺され、忘れていた家族の記憶を呼び覚ます。今日は兄・昭一(北条隆博)の死んだ日で、兄は父と喧嘩し家を飛び出し、そのまゝ還らぬ人となった。
その兄に再会する。
真次は不倫相手、軽部みち子(岡本綾)の部屋でまどろんでいるとき、終戦後の闇市にタイムスリップする。そこでアムールと呼ばれ闇市の闇に生きる父に逢う。
父と別れた母(吉行和子)は真次の家族と一緒にマンションで暮している。真次は母方の姓を名乗っている。真次はソファーに持たれながらタイムスリップし、戦時中出征する父に逢う。
真次は父たちの過去を辿りながら、許せなかった父との距離を縮めて行く。
家族が壊れ、人と人の絆が絶たれ行く現代に、その因を成した佐吉の世代を真次の世代が許し、次の世代にその再生を誓うものとして小沼佐吉を肯定している。しかし、佐吉は否定されなければならない。否定することによってしか現代の閉塞状況を打破できないと思う。
タイムスリップした東京オリンピックの街の映画館に、吉永小百合の「キューポラのある町」の看板が掲げられている。映画の上映はもう少し前である。意図的であるかもしれないが異なる時代を同一画面に描き出すことに、小百合世代として不満が残る。
佐吉の恋人お時(常盤貴子)が言う、「親っていうのはねえ、自分の幸せを子供に望んだりしないものよ」、心に残る言葉である。
(於いて:三宮 神戸国際松竹 スクリーン2 10/24日)
・スタッフ
監督:篠原哲雄
原作:浅田次郎(講談社文庫/徳間文庫・刊)
脚本:石黒尚美
音楽:小林武史
主題歌:Salyu『プラットフォーム』(Toy's Factory)
・出演
堤真一/大沢たかお/岡本綾/常盤貴子/田中泯/笹野高史/北条隆博/吉行和子
・配給:GAGA Communications/松竹
・公開日:2006/10/21
・2006年/日本/121分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年10月25日 (水) シネマの窓 | 個別ページ
2006年11月 2日 (木)
父親たちの星条旗

東京のはるか太平洋上に小笠原諸島がある。その一つ硫黄島(いおうとう)は現在、東京都に属する。
1945年2月、硫黄島は太平洋戦争最大の激戦地となり、2万8千人の戦死傷者を出したアメリカ海軍は7千人を亡くした。そして、2万人の日本兵がここで玉砕し、生還かなった人はわずか千人であった。
この戦闘をクリント・イーストウッド監督が二部作として日米双方から画き、アメリカ側から見た「父親たちの星条旗」が公開され、引き続き日本側から見た「硫黄島からの手紙」の公開が予定さている。
「父親たちの星条旗」は国家に翻弄された「英雄(ヒーロー)」たちの苦悩と悲運を、一枚の報道写真を通して浮かび上がらせている。
激戦の最中、星条旗を打ちたてようとする兵士の写真が、勝利のシンボルとしてアメリカ国民の戦意高揚を促した。この写真を撮ったAP通信カメラマンのジョー・ローゼンタールはピューリツァ賞を受賞し、戦争報道写真に名をとどめる。
写真に写った6人のうち3人は戦死し、残った3人は急遽故国に呼び戻され、戦意を失いつつあった国民の国威発揚と、戦費を調達するための国債販売キャンペーンに駆り出される。
3人は大衆の前で国旗を打ち立てる写真の再現をやらされるが、その最中にも日本軍との戦いに散っていった仲間のことが、脳裏に焼きついて離れない。
「英雄」視されることに大きな戸惑いと違和感を持ちながら3人は戦後を生きることになる。アメリカ原住民インディアン出身の海兵アイラ・ヘイズ(アダム・ビーチ)は戦後も酒に溺れ身を持ち崩して行く。「英雄」に仕立て上げられた身を割切り、「うちにこい」と誘われた伝令兵レイニー・ギャグノン(ジェシー・ブラッドフォード)は戦後その会社から見向きもされない。
ひとり、全てを沈黙して人生を全うした衛生下士官ジョン・“ドク”・ブラッドリー(ライアン・フィリップ)が、死の床で息子に硫黄島の何かを言おうとしたのを手がかりに、息子が硫黄島の真実を探りあてて行く。
「父親たちの星条旗」の「父親」はその足跡を語り継ぐ息子たちの記録である。
戦争に「英雄」はいない。
「英雄」に祭り上げられることによって、誇りを失った人たちがその後、誇りを取り戻そうとして社会に捨てられて行くさまを、非情なアメリカ社会に投影することにより、戦争を告発している。
(於いて:109シネマズHAT神戸 Th8 11/01日)
・スタッフ
監督:クリント・イーストウッド
製作:スティーブン・スピルバーグ
製作総指揮:ロバート・ロレンツ
脚本:ポール・ハギス
原作:ジェイムズ・ブラッドリー / ロン・パワーズ
撮影:トム・スターン
美術:ヘンリー・バムステッド
・キャスト
ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード、
アダム・ビーチ、ジェイミー・ベル、バリー・ペッパー、
ポール・ウォーカー、ジョン・ベンジャミン・ヒッキー、
ジョン・スラッテリー
・英題:FLAGS OF OUR FATHERS
・配給:ワーナー・ブラザース映画
・日本公開日:2006/10/28
・2006年/アメリカ/132分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年11月 2日 (木) シネマの窓 | 個別ページ
2006年11月11日 (土)
三池 -終わらない炭鉱(やま)の物語-

戦後最大の労働争議となった、三池闘争を軸に、炭鉱(やま)に生き炭鉱(やま)と闘った人々の地底からの証言を熊谷博子監督が証言者と同じ目線で、滅び行くヤマの姿にダブらせ、大きく変動する歴史の一断面を切取っている。
三池の「負の遺産」にスポットを当て、そこから見えてくる日本資本主義の陰の部分を浮き上がらせている。
このドキュメンタリードラマは7年間の歳月をかけ、三池に生きた人々の証言をもとに、三井三池炭鉱が1873年明治政府の管轄となってから、1997年3月30日に閉山されるまでの興亡を熱いまなざしで映し出している。
囚人たちを炭鉱の採掘に使った歴史があった。
戦争中、白人の俘虜を強制労働に駆り出したこともあった
戦時下において朝鮮や中国の人々を強制連行し、強制労働に供した暗い歴史があった。
戦後労働運動史上最大の労働者の決起もあった。
1963年に死者458人、一酸化炭素中毒者839人を出した炭じん爆発事故は、今も一酸化炭素中毒患者や家族を苦しめている。
中でも、石炭から石油へと国のエネルギー政策が大きく転換する「高度経済成長」の時期、経営の悪化を理由に会社は6000人の人員整理を含む会社再建案を労働組合に提示、三井資本による大合理化攻撃が三池労働者に襲いかかる。それに抗して立ち上がった三池労働者は無期限ストに突入、迎え撃つ会社はロックアウトを敢行する。会社は組合の分裂を策動し、第二組合を作り第一組合を切り崩す。「労働者をして労働者と戦わしめる」会社の策略に乗って、会社に取り込まれて行く仲間を語る証言者の目が悲しい。
三池労働者の闘いは全国の仲間の支援を受け三百三十日を闘い、1960年9月8日終息した。
1959年から60年にかけて闘われた三池闘争は字幕でも大きく写されていたが、「総労働と総資本」の激突であった。おりしも「60年安保闘争」が日本列島を大きく揺さぶっていた。
三井三池炭鉱は日本資本主義の縮図そのものである。
(於いて:新開地アートビレッジセンター 11/08)
・監督:熊谷博子
・VE:奥井義哉、隅元政良
・映像技術:柳生俊一、田代定三
・整音:久保田幸雄
・撮影協力:小澤由己子
・音楽:本田成子
・ナレーター:中里雅子
・協力:三池炭鉱に生きた人々
・企画:大牟田市、大牟田市石炭産業科学館
・製作:オフィス熊谷撮影:大津幸四郎
・編集:大橋富代
・CG:祖父江孝則
・MA:滝沢康
・制作進行:巣内尚子
・公開日:2006/10/28
・2005/日本/103分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年11月11日 (土) シネマの窓 | 個別ページ
2006年12月 4日 (月)
ありがとう

1995年1月17日午前5時46分、淡路島北部を震源とする震度7の揺れが淡路島、明石そして阪神地方を襲った。
死者六千四百名余り、負傷者四万四千人を出したこの惨禍を風化させてはならない、そんな想いが伝わってくる映画である。
神戸市長田区でカメラ店を営んでいた古市忠夫は炎に包まれた長田の街を消防団員として人命救助に昼夜を分かたず奮闘する。永年慣れ親しんだ街は瓦礫と化し、多くの友人が亡くなる。我が家と家族の生活が詰まった家財の全てを失った古市、彼に残されたものはかけがえのない家族の命、駐車場に置いてあった車のトランクから無傷で見つかったゴルフバッグにプロゴルファーへの夢が呼び覚まされる。街の復興に尽力する傍ら、家族や周りの人に見守られながらプロテストを目指す。
実際の話に基づき、地震とその後の街の様子をそこに生きる人々の生活とともに画いている。中でも地震直後の場面は臨場感にあふれ圧巻である。
「わしら、生かしてもろてんねん。生かしてくれた人に感謝せな」古市の言葉に「人のつながり」の大切さが込められている。
古市の妻、千賀子を演じる元キャンディーズの田中好子の好演が光る。味のある女優に成長したものだ。
1940年9月生れの古市忠夫氏は震災のあと一念発起しプロゴルファーを目指し、2000年還暦を一ヶ月前にしてプロテストに合格、今も現役で活躍中の66歳である。
(於いて:三宮センタープラザ OS・シネフェニックス cinema 2 12/04日)
・スタッフ
監督:万田 邦敏
原作:平山讓「ありがとう」(講談社文庫刊)
脚本:七字 幸久,仙頭 武則,平山 譲,万田 邦敏
撮影監督:渡部 眞/音楽:長嶌 寛幸
・キャスト
古市忠夫:赤井 英和/古市千賀子:田中 好子
古市千栄子:尾野真千子/古市洋子:前田綾花
飯田美子:薬師丸ひろ子/中山清:光石研
有野健太:尾美としのり/中岡史郎:柏原収史
竹村博:高橋和也/中山保繁:今福將雄
・制作:(C)2006『ありがとう』製作委員会
・配給:東映
・公開日:2006/11/25
・2006年/日本/125分
投稿者 愉悠舎 日時 2006年12月 4日 (月) シネマの窓 | 個別ページ