• うしろ姿のしぐれて行くかー種田山頭火ー

淡河城跡

そろそろ神戸のサクラも見頃かと北区の北部へ車を走らせた。

目当ての山道の桜並木は蕾のまま、仕方なくそのまま車を走らせ「道の駅淡河」へ。

ワイフは食料品の調達、この辺は新鮮で豊富な「神戸野菜」が手に入る。

私は此処から臨める「城跡」をパチリ。

城の麓にポツンと咲くサクラも画面に収め本日の目的達成。

淡河城跡
播磨一帯の豪族であった北条時房の孫にあたる淡河時治の城とされる。
淡河氏は南北朝時代の暦応2年(1339年)に石峯寺・三津田で赤松則村(円心)率いる北朝方と戦い敗れた。明徳3年(1392年)には淡河範清が養子として赤松氏より季範を養子として迎え、その後は赤松氏に属した。
戦国時代には別所氏に属したが、淡河定範が城主であった天正7年(1579年)に羽柴秀長の攻撃で落城、有馬則頼が城主となった。慶長6年(1601年)に則頼は三田城に移り、元和元年(1615年)に廃城となった。(Wikipedia最終更新 2020年5月17日)

淡河城跡